大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)259号 判決

名古屋市瑞穂区松栄町1丁目12番地

原告

バイオハザード対策研究会有限会社

代表者代表取締役

天下達也

訴訟代理人弁理士

後藤憲秋

吉田吏規夫

長野県伊那市大字西箕輪字上垣外8047番地ロ

被告

株式会社イナリサーチ

代表者代表取締役

中川博司

訴訟代理人弁理士

木内光春

澤田節子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第16296号事件について、平成6年9月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「二室間における気流の制御方法」とする特許第1469351号発明(昭和56年2月18日出願、昭和63年3月5日出願公告・特公昭63-10335号、昭和63年11月30日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成5年8月10日、原告を被請求人として、本件発明について無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第16296号事件として審理し、平成6年9月29日、「特許第1469351号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年11月2日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

扉部を介して連通する二室間の一方を陽圧とし他方を陰圧として両室間の気圧を所定の差圧条件下に保持してその気流を一方向に制御するに際して、前記扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するとともに、該余剰空気の付与条件下において前記扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成したことを特徴とする二室間における気流の制御方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明は、本願出願前に頒布された刊行物である「建築設備と配管工事」80.4号(昭和55年4月発行)43~50頁、望月正雄著「空調システム設計における室内圧調整」の項(以下「引用例1」という。)及び「空気調和・衛生工学」第49巻第10号(昭和50年10月25日発行)113~118頁、福山博之抄訳「戸口を通過する気流 温度の影響と強制気流によるその制御」の項(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定に違反して特許がなされたものであり、同法123条1項1号の規定により無効とすべきものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨、引用例1、2の記載事項及び引用例1、2に記載された各発明の認定(以下、審決認定の各発明を、「引用例発明1」、「引用例発明2」という。)、本件発明と引用例発明1との一致点、相違点の認定はいずれも認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、本件発明と引用例発明1との相違点(1)の判断において、引用例発明1の技術内容及び周知技術を誤認し(取消事由1)、また、本件発明の進歩性の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例発明1の技術内容及び周知技術の誤認)

審決は、本件発明と引用例発明1との相違点(1)、すなわち、「前者では、扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するのに対し、後者では、扉部の開放時において汚染空気の侵入を防止するため相当量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するが中性帯の移動については不明である点」(審決書10頁5~11行)について、「前者が対象としている病院の重要域あるいは実験動物室等のクリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時(注、原文の「解放」は「開放」の誤記と認める。以下同じ。)においても汚染空気の侵入を防ぐことが後者に記載されていると共に、前者におけるようなクリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するに十分な余剰空気を付与することは、従来クリーンルームの気流の制御において普通に行われている周知技術である。」(同10頁20行~11頁12行)と判断しているが、以下に述べるとおり、この判断は、引用例発明1の技術内容と周知技術を誤認してなされたものである。

(1)  引用例1には、「陽圧室側に相当量の余剰空気を付与」することは記載されているが、「ドアの開放時において汚染空気の侵入を防ぐ」という点については、単なる目的ないし希望が記述されているにすぎず、その課題を達成する技術が記載されているということはできない。

すなわち、引用例1(甲第3号証)には、「バイオクリーンルームにおいては室内の清浄度を保持するためにも室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要である。・・・またドアの開放時(注、原文の「開防」は「開放」の誤記と認める。)にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があり、このためには相当量の余剰空気が必要となる。一般にはバイオクリーンルームの室内加圧のために要する余剰空気は500m3/hといわれる。」(同号証46頁右欄下から13~4行)との記載があるが、ドアの開放時における汚染空気の侵入を防ぐという課題を達成するためには、本件発明にいう中性帯(開口部の上下方向の中間にできる圧力差のない中性帯)の移動(消滅)という科学的・物理的根拠なしにはありえないから、この科学的・物理的根拠をいささかも考慮することなく、ただ単に「相当量」の余剰空気を付与するといっても、それは単なる画餅にすぎない。

また、上記「相当量の余剰空気とは、一般には500m3/hといわれる。」との記述について検討すると、これは、通常の手術室のサイズである床面積6m×6m、天井高さ2.77m、換気回数5回を基準として算出されたものである。すなわち、引用例1における余剰空気は、引用例1の「第1表 室内圧力バランスと換気量の基準」(同44頁)に準拠したものであり、この数量は余剰空気、つまり1時間当たりに室内容積の何倍(何回)の外気量を室内に供給するかをその計算の根拠とする「換気回数法」に準拠するものであり、500m3/hの余剰空気量は、換気回数を5回として計算されたものである。

ところで、この通常のサイズの手術室(床面積6m×6m、天井高さ2.77m)は、これまた通常の手術室の扉部開口面積、1.4m×2.05mを有するのであるが、余剰空気量は、ドア開口の大きさ(面積)と両室の温度差の条件によって変化するので、これを基準として、両室の温度差を1℃とすると、本件発明による「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」の量は2700m3/hで、引用例1に記載された500m3/hの約5.5倍の余剰空気が必要(なお、両室の温度差を0.15℃とした場合でも1029m3/hの余剰空気が必要)である。

結局、引用例1は、ドア開口面積と両室の温度差の条件をいささかも考慮することなく、ただ単に「開放時に汚染空気の侵入を防ぐためには相当量の余剰空気が必要」であって、「相当量の余剰空気とは、一般には500m3/hといわれる。」と記載しているにすぎない。

これに対し、本件発明は、ドア開口部における逆流を防ぐための余剰空気を直接的に計算するものである。したがって、室内容積及び換気回数は全く問題とならず、扉開口面積と両室の温度差が基準となるものであり、引用例発明1を含む従来技術とは明らかに異なるものである。

以上のとおり、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hでは、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」とはならないから、引用例発明1においては、ドア開放時にドア開口部に中性帯が存在し、この中性帯を境に気流の逆流現象が生じていることになり、汚染空気の侵入を防止することは全く不可能であるというほかない。

したがって、引用例発明1は、扉部の開放時における逆流の完全防止という気流制御を行うものではなく、また、この逆流防止制御を中心として、扉部の開閉に伴うすべての状態における二室間の気流制御を完全にかつ自動的に行おうとする本件発明の技術的課題を達成するものではないから、引用例1に「ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ必要がある」と形式的に記載されていることをもって、引用例発明1が「ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」技術的課題を達成しているとし、これを前提とした審決の認定は、引用例発明1の技術内容を誤認したものといわなくてはならない。

(2)  「逆流を防止」する技術は、普通に行われている「周知技術」ではなく、これが周知技術であることについては、何ら根拠がない。

本件明細書(甲第2号証)の従来技術の項や引用例1(甲第3号証)に記載されているように、病院の重要域あるいは実験動物室等のクリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また、陽圧室側に相当量の余剰空気を付与することは公知(周知といってもよい。)の技術であり、同時に、この室の圧力管理、気流制御において、二室の境界に存在する扉部(ドア)の開放時における気流の乱れを防止しようとすることも周知といってよい。

しかし、従来、陽圧室側に相当量の余剰空気を付与して扉部(ドア)の開放時における気流の乱れを防止しようとすることが行われていたとしても、これらは、扉部における気流の逆流を防止することが行われていたことを意味しない。

従来でも、扉部の開放によって気流の乱れ(逆転現象)が生ずること(問題点)は知られていたが、この逆転現象を防止するための具体的な手段は知られていなかった。

すなわち、〈1〉この逆転現象を防止するための余剰空気量とはどのような根拠で設定するのか、〈2〉扉部の開放時に制御が完全になされるのか、の二点が解決されない限り、逆流を防止することができないのである。そして、上述したように、ドアの開放時における汚染空気の侵入を防ぐ(つまり逆流防止)という目的を達成するためには、本件発明にいう「中性帯の移動(消滅)」という科学的根拠なしにはなしえないのであって、この中性帯の移動(消滅)のためには、扉部の開口面積あるいは両室の温度差等の基本的要件に基づく科学的な計算が必要となるのである。

従来は、このような科学的根拠なしで、例えば、引用例1の「第1表 室内圧力バランスと換気量の基準」における「ASHRAE推奨値」の「最小外気量〔回/h〕」の「5〔回/h〕」等の数値が示すように、ただ単に経験則から余剰空気を付与していたにすぎないのである。その結果、従来では、扉部で気流の逆転を生じていたのであるが、これをもって一応、気流制御をした、圧力管理をした、としていたのである。

結局のところ、従来の手法では、上記〈1〉につき、逆転現象を防止するための余剰空気量設定の根拠がなく、同〈2〉につき、扉部の開放時の制御が不完全であったのであり、扉部における逆流防止は実現されていなかったのである。

このような状況において、ドアの開放時に逆流を防止することが行われていた、あるいはそれが周知技術であるとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)

(1)  審決は、上記のとおり、引用例発明1の技術内容の認定及び周知技術の認定を誤っており、この誤った認定を前提に、引用例発明1、2の評価をし、本件発明の進歩性を判断しているから、審決は違法として取り消されるべきである。

(2)  また、審決は、本件発明と引用例発明1、2の技術的課題の相違を看過し、引用例発明1と引用例発明2を組み合わせることにより容易に本件発明に至ることができるとして本件発明との相違点の判断を誤り、さらに本件発明の顕著な作用効果を看過したものである。

本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、

a 扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与すること(a要件)、及び、

b 該余剰空気の付与条件下において前記扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成すること(b要件)、の2点を主要構成とし、

a’ (上記aの構成から)扉部開放時においては、当該扉部において生ずる気流の逆転現象(逆流)を完全に防止するとともに、あわせて、

b’ (上記bの構成から)扉部閉鎖時においては、両室を所定の差圧に維持する

という効果を達成するものである。

すなわち、本件発明は、扉部の開放時における逆流の完全防止という気流制御を中心として、扉部の開閉に伴うすべての状態における二室間の気流制御を完全にかつ自動的に行おうとする技術的課題を達成するものである。

これに対し、引用例発明1、2は、以下に述べるとおり、いずれも、この扉部の開放時における逆流の完全防止という気流制御を中心として、扉部の開閉に伴うすべての状態における二室間の気流制御を完全にかつ自動的に行おうとする、本件発明の技術的課題を達成するものではない。

まず、引用例発明1が本件発明の技術的課題を達成するものではないことは、既に述べたとおりである。

次に、引用例2には、審決も認定するように、

〈1〉 開口部を有する垂直間仕切壁を介して隣接する室1、2に圧力差がある場合、開口部に中性帯を境として上下逆方向に室1、2に空気が流れ込むこと、

〈2〉 この中性帯は、いずれか一方の室に余剰空気を供給し正圧にした場合、余剰空気を供給し、正圧とした室から他の室へより多く空気が流れ込み中性帯を開口端部側に移動させうること、

〈3〉 戸口を横切る好ましくない空気移動の動きを防ぐために必要な給気量を決定すること、

が記載されている。

しかし、引用例2は、戸口を横切る好ましくない空気移動の動きを研究した論文であって、二室間の気流の制御方法に直接言及したものではない。また、引用例2には、「扉部の開放時において中性帯が存在し、余剰空気によってこの中性帯が開口端部側に移動する」ことは記載されているが、余剰空気の付与によって「中性帯を当該扉部開口端部まで移動、消滅させる」ことまでの記述はないし、「扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」を付与して「二室間の気流の制御を行う」ことの記載もない。

したがって、本件発明は、扉部の開放時における逆流の完全防止という課題解決手段として、扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する(前記要件a)ものであって、この課題解決手段のみにおいても、上述したように、前記各引用例からは容易に想到されるものではないが、さらに、扉部の閉鎖時において前記余剰空気の付与条件下における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成すること(前記要件b)により、扉部の開放時における逆流の完全防止と併せて(同時に)、扉部の開閉に伴うすべての状態における二室間の気流制御を完全にかつ自動的に行おうとする技術的課題の解決手段を提案するものであって、この点は前記各引用例に開示あるいは示唆のないことは明らかである。

そうすると、本件発明は、この技術的課題の点からも、引用例発明1、2に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

さらに、本件発明は、上記のように、扉部の開放時の要件(前記要件a)と閉鎖時の要件(前記要件b)を共に満たすことによって、扉部の開放時及び閉鎖時におけるそれぞれの気流制御を完全にする(つまり逆流防止と所定の差圧管理)と同時に、扉部の開閉に伴って流出する風量の増減を、連通開口によって全く自動的に調節し、両室の圧力制御を完壁に調整するという作用効果を有するものである。

本件発明のこれらの作用効果は、引用例発明1、2からは到底考えつくものではなく、各引用例の作用効果とは格段の差異を有するものであり、当業者が容易に予測できるものではない。

したがって、審決の進歩性の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

審決が、引用例1に記載され、また、周知技術であると認定しているのは、汚染空気の「逆流を防止する」ことであり、原告主張のように、「ドア開口面積および温度差の条件を考慮して余剰空気を決定する」ことまでを周知技術と認定しているわけではない。

すなわち、引用例1の「ドアの開放時にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があり、このためには相当量の余剰空気が必要となる。」という記載は、「相当量の余剰空気を付与すれば、ドアの開放時でも汚染空気の侵入が防止できる」ことを意味するもので、このことはまさに「逆流を防止する」ことと同義である。

また、審決は、余剰空気量そのものをどのような方法で求めたかまでが、引用例1に記載され、また、周知技術であるとしているわけではない。審決は、「ドアの開放時における逆流防止が引用例1に記載され、また、周知技術であり、その具体的な余剰空気量は引用例2に記載されている」とするものであり、引用例1に余剰空気量の計算方法が記載されていないからといって、審決の判断が誤っているとすることはできない。

さらに、引用例1(甲第3号証)には、「隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがあるので注意を要する。」(同号証46頁右欄6~8行)と記載されているように、室内が正圧であっても、隣室との温度差によって隣室の空気が侵入することは知られており、余剰空気量の決定に温度差を考慮すべきことは、引用例1の発行当時、既に当たり前の技術であった。また、開放したドアにおける空気の逆流を考慮する場合に、その開口面積の大小によって開口部を通じて外部から流入する空気量が異なることは、当業者のみならず素人にも知られた当たり前の事項である。

原告は、引用例1に記載された余剰空気「500m3/h」は、「換気回数法」によって計算されたものであるが、この程度の余剰空気量では、汚染空気の逆流を防止できないと主張する。

しかし、原告の主張は、まず、「余剰空気量=外気量」とする点で大きな誤りがあり、その前提において失当である。すなわち、余剰空気とは、本件明細書、引用例1及び引用例2の記載内容から明らかなように、「二室間の扉部を開放した際に、汚染空気の侵入を防止するために必要な空気」ということができ、換言すれば、各室における「給気量」と「排気量」の差に等しい空気量である。室内の圧力は、給気ダクトを通じて室内に導入される「給気量」と、排気ダクトを通じて排出される「排気量」とのバランスによってのみ決定されるのであり、「外気量」は手術室の圧力をいかに設定するかとは無関係である。

ところが、原告は、室内に導入される「給気量」と排出される「排気量」の差が、「外気量」と等しくなる例のみを採り上げ、常に「余剰空気量=外気量」であると主張し、さらに、「500m3/hという数字は、通常の手術室のサイズである床面積6m×6m、天井高さ2.77mを基準として算出されたものである」として、勝手に手術室のサイズを決め、これらを前提として換気回数法に基づく余剰空気量の算定をしているのであって、その主張に根拠がないことは明らかである。

2  取消事由2について

引用例1に、相当量の余剰空気を付与すれば、ドアの開放時でも汚染空気の侵入が防止できることが開示されており、このことが正に「逆流を防止する」ものであることは、上記のとおりである。

引用例発明2は、汚染された空気の交換を防ぐために必要な給気量を決定することを目的としており、この目的達成のためには、単に中性帯を開口端部側に移動させるだけではなく、中性帯を扉部開口端部に移動させることが必要であることは明らかである。また、引用例2の図-1、図-2、図-4及び図-5並びにそれに関する説明等を参酌すれば、「ドアの開口を通過する好ましくない空気移動、つまり逆流を完全に防ぐ」ことと、「中性帯を当該扉部開口端部まで移動させる」ことが、実質的に同一であることは明らかである。

引用例2(甲第4号証)に記載されたドアからの漏れ流入量に関する計算式(同号証115頁左欄3~5行)は、本件明細書中において、余剰空気量を求めるために空気流出速度を求める式と全く同一であり、汚染された空気の交換を防止するために同一の計算式を使用しながら、引用例2には中性帯を扉部の開口端部に移動させる記載がないとする原告の主張は、引用例発明2の技術内容に関する十分な理解を欠いたものといわざるをえない。

しかも、本件明細書に記載されているように、「扉部に生ずる中性帯を消滅させるに足る余剰空気量は、既に発表されている各種の気流制御の理論式より比較的容易に求めることができ」(甲第2号証5欄12~15行)ることは、本件発明の発明者が自ら認めているところである。

さらに、原告主張の、「逆流の完全防止と併せて(同時に)、扉部の開閉に伴うすべての状態における二室間の気流制御を完全にかつ自動的に行おうとする技術的課題及びその解決手段」は、引用例1に開示あるいは示唆されている(甲第3号証46頁右欄12行~47頁左欄4行)。

以上のとおり、引用例1に記載された技術内容において、引用例2に記載された余剰空気を付与することが、当業者において容易であったことは、原告が、公知事実、周知事実あるいは出願時の技術水準であると認めている事項からも、明らかであり、審決の進歩性の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明1の技術内容及び周知技術の誤認)について

引用例1に、審決認定のとおり、「バイオクリーンルームにおいては室内の清浄度を保持するためにも室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要である。・・・またドアの開放時にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があり、このためには相当量の余剰空気が必要となる。一般にはバイオクリーンルームの室内加圧のために要する余剰空気は500m3/hといわれる。」(審決書7頁4~11行)との記載があることは、当事者間に争いがない。

また、引用例1(甲第3号証)には、「病院は複雑、多岐にわたる機能を持っていて、建物内部に汚染発生源を多くもち、一方では同じ建物の中に高清浄度を要求される区域を持っているので、空調、換気計画を行なうにあたっては建物内の圧力バランスを十分考え、汚染源からの空気が清浄域に逆流しないように注意しなければならない。」(同号証43頁左欄6~12行)と記載されている。

これらの記載によれば、引用例発明1は、ドアの開放時において汚染空気の侵入(逆流)を防ぐため、バイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持することが必要であること、ドアの開放時には同室内に対して隣室よりも相当量の余剰空気を供給する必要があることが明らかにされており、ここで相当量の空気とは、前記記載からドアの開放時においてもバイオクリーンルーム室内を隣室よりも0.25~3mmAq正圧に維持するに必要な余剰空気量、つまり、汚染空気の侵入(逆流)を防ぐに必要な空気量であると解することができる。

そして、その空気量は、隣室との温度差、バイオクリーンルームの扉部開口面積等によって左右されることは、引用例1の「隣室との温度差が大きいと、ドアの隙間などを通して部分的に隣室空気が室内に侵入するおそれがあるので注意を要する。」(同46頁右欄6~8行)との記載、引用例2(甲第4号証)の「この10年内に、われわれが気づいたかぎりでは、長方形開口を通る対流に関して、四つのおもな実験的および理論的研究が発表されている。流れの種類・開口面積・開口高・温度差・開口条件のようなたくさんの変数があり、どのような特殊な分析においても、これらの組合せが考慮されよう。」(同号証113頁左欄17~22行)との記載からも明らかである。

以上の事実によれば、「クリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの開放時においても汚染空気の進入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するに十分な余剰空気を付与すること」(審決書11頁6~10行)は、むしろ技術的に当然のことと認識されているとみるべきであり、その点が、「従来クリーンルームの気流の制御において普通に行われている周知技術である」(同11頁11~13行)とした、審決の認定判断に誤りはない。

原告は、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hでは、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」とはならないから、引用例発明1においては、扉部の開放時における逆流の完全防止という気流制御を行うものではない旨主張する。

しかし、審決が引用例1を引用した趣旨が、「クリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐ」という周知の技術思想が示されているという点にあり、本件発明にいう「中性帯を扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」については、引用例2に記載されているとするものであることは、その記載から明らかである。

したがって、引用例1に記載された余剰空気量500m3/hについて、原告の種々主張するところは、審決認定の引用例発明1の技術内容及び周知技術の誤りをいうことにならないことが明らかである。

取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(進歩性の判断の誤り)について

(1)  上記のとおり、審決の引用例発明1の技術内容及び周知技術の認定に誤りはないから、これが誤りであることを前提として、審決の進歩性の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

(2)  そして、引用例2に、審決認定のとおり、「開口部を有する垂直間仕切壁を介して隣接する室1、2に圧力差がある場合、開口部に中性帯を境として上下逆方向に室1、2に空気が流れ込み、またこの中性帯は、いずれか一方の室に余剰空気を供給し正圧にした場合、余剰空気を供給し正圧とした室から他の室へより多く空気が流れ込み中性帯を開口端部側に移動させ得ること、さらには、ドアの開口を通過する好ましくない空気移動、つまり逆流を防ぐために必要な給気量を決定し得る」(審決書8頁14~9頁3行)ことが記載されていることは、当事者間に争いがなく、この中性帯が開口端部側に移動するために必要な余剰空気の給気量につき、引用例2(甲第4号証)には、「われわれの目的は、・・・温度差のあるおよび温度差のない、0.1~1.40m幅のドア開口を通過する空気の流れを研究し、かつ12degまでの温度差で、この動きを防ぐために必要な給気量を決定することであった。」(同号証113頁右欄3~7行)、「ドアからの漏れ流入量は下式で計算される。QL=・・・」(同115頁左欄3~5行)、「前後に温度差のある開口から、空気を強制通過するとき、その流れに逆らって室へ散逸する空気量QLは、理論的につぎのように定義される。QL=・・・」(同117頁右欄12~15行)として、具体的な理論式が記載されている。

一方、この必要な余剰空気量について、本件発明の要旨には、「扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する」とあるだけで、その具体的な量を数値でもって特定していないが、本件明細書中においては、余剰空気量QXを求める際の空気の流出速度VXを求める理論式として、引用例2の上記理論式(QL=・・・)そのものを挙げて(甲第2号証4欄32行~5欄6行)、「上記の式はショウとホワイトの気流制御理論(1974年)による。(福山博之抄訳「戸口を通過する気流-温度の影響と強制気流によるその制御」「空気調和・衛生工学」第49巻第10号、社団法人空気調和・衛生工学会1975年10月発行)」(同号証5欄7~11行)として、引用例2に言及し、「扉部に生じる中性帯を消滅させるに足る余剰空気量は、既に発表されている各種の気流制御の理論式より比較的容易に求めることができ」と記載している(同5欄12~15行)。

このことからすれば、本件発明は、正に引用例2に示された上記理論式によって計算される余剰空気量をもって、「扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気」としていることが明らかである。

したがって、引用例発明2が本件発明と共通の技術思想に基づくものであることは明らかであり、これを否定する原告の主張は、事実に基づかない主張として到底採用することができない。

以上によれば、審決が、原告主張の本件発明のa要件、すなわち「扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与すること」に係る審決認定の相違点(1)について、「後者(注、引用例発明1)が備えまた従来周知技術であるところの、ドアの開放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する二室間の気流の制御方法において、その余剰空気の量を、甲第5号証(注、引用例2)で示された中性帯で定義し、逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する、すなわち『該中性帯が扉部開口端部に移動させるに十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する』と定義したものにすぎず、当業者が格別困難性を要する事項ではない。」(審決書12頁2行~12行)と判断したことは正当であり、原告主張の扉部開放時において、当該扉部において生ずる気流の逆転現象(逆流)を完全に防止できるという本件発明の効果は、引用例発明1に引用例発明2を適用して得られる構成においても当然に生ずる効果であると認められる。

そして、原告主張の本件発明のb要件、すなわち「該余剰空気の付与条件下において前記扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成すること」に係る審決認定の相違点(2)について、引用例発明1の気流の制御は、余剰空気の付与条件下において、二室の差圧を維持するための加圧ダンパ又はフィルタ付き開口(抵抗ある連通開口)を壁面(両室の境界面)に設けて実施されるものであることについては、当事者間に争いがなく、したがって、相違点(2)につき、「後者(注、引用例発明1)においても、抵抗ある連通開口は、当然に両室の境界面に形成されているものと認められ、この点で両者に格別差異はない。」(審決書12頁18~20行)とした審決の判断に誤りはなく、上記気流の制御方法によれば、扉部の開閉に伴って流出する風量の増減を、連通開口によって全く自動的に調節し、両室の圧力制御を完壁に調整するという作用効果は、引用例発明1のダンパ又はフィルタによって既に達成された作用効果であると認められるから、これを本件発明に特有のものということはできない。

したがって、進歩性の判断に関する原告の主張は失当であり、取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第16296号

審決

長野県伊那市大字西箕輪上垣外8047番地ロ

請求人 株式会社 イナリサーチ

東京都港区赤坂1-1-17 細川ビル404 木内特許事務所

代理人弁理士 木内光春

名古屋市瑞穂区松栄町1丁目12番地

被請求人 バイオハザード対策研究会 有限会社

愛知県名古屋市中区丸の内2丁目18番22号 名古屋三博ビル2階

代理人弁理士 後藤憲秋

愛知県名古屋市中区丸の内2-18-22 名古屋三博ビル2階 後藤憲秋特許事務所

代理人弁理士 吉田吏規夫

上記当事者間の特許第1469351号発明「二室間における気流の制御方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1469351号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 手続の経緯・本件特許発明

本件特許第1469351号発明(以下、「本件特許発明」という)は、昭和56年2月18日に出願され、昭和63年3月5日に出願公告(特公昭63-10335号)された後、昭和63年11月30日に設定登録されたものであって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載よりみて、特許請求の範囲第1項に記載された

「扉部を介して連通する二室間の一方を陽圧とし他方を陰圧として両室間の気圧を所定の差圧条件下に保持してその気流を一方向に制御するに際して、前記扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するとともに、該余剰空気の付与条件下において前記扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成したことを特徴とする二室間における気流の制御方法。」

にあるものと認める。

Ⅱ. 審判請求人適格

先ず本件審判請求についての請求人の利害関係の有無について検討するに、請求人の提出した物件提出書の添付書類(長野地方裁判所伊那支部平成5年(ワ)第56号損害賠償請求事件についての訴状)からみて、請求人は事業の一環として本件特許発明に関する「二室間における気流の制御方法」あるいはそれに類する技術を使用して事業を行っており、請求人は本件審判請求について利害関係を有する。

Ⅲ. 当事者の主張

(1)請求人の主張

請求人は、

理由1

甲第1号証の1~3、甲第2号証及び甲第3号証を提出するとともに、中川博司及び鈴木多門の証人尋問を申請し、本件特許発明は、本件発明の出願前に公然実施された発明から容易に発明をすることができたものであり、本件発明は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

理由2

本件特許発明は、本件発明の出願前に頒布された刊行物である甲第4号証(「建築設備と配管工事」Vol. 18 No. 4 (昭和55年4月1日発行) 第43頁~第50頁 望月正雄著「空調システム設計における室内圧調整」の項)及び同じく本件発明の出願前に頒布された刊行物である甲第5号証(「空気調和・衛生工学」第49巻第10号(昭和50年10月25日発行) 第113頁~第118頁 福山博之抄訳「戸口を通過する気流 温度の影響と強制気流によるその制御」の項)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

旨主張している。

(2)被請求人の主張

これに対して被請求人は乙第1号証(本件特許発明の公告公報)を提出し、

理由1に関して、「甲第1号証関連の証拠によっては、単に従来技術に係る実験動物飼育施設が示されているだけで、本件特許発明に係る構成要件が示されていないばかりでなく、本件特許発明が実現しようとする課題(目的)も、また作用効果も記載されていない。特に本件特許発明が解決しょうとする課題、すなわち「扉部開放時における気流の逆転現象(逆流)を防止するという課題」が全く記載されていない。そして、解決しょうとする課題がない以上、「扉部の開放時において生じる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する構成」が示されていない。と主張するとともに、証人尋問により立証しようとする事項は、本件特許発明の明細書の従来技術の項に記載した「室の圧力管理」が出願前行われていたことであって、本件特許発明の構成要件とは全く関係のないことであり、証人尋問を行う必要はない。

理由2に関して、甲第4号証には、本件特許発明の明細書の従来技術の項に記載した室の圧力管理が記載されているだけで、本件特許発明が解決しようとする課題、すなわち「扉部開放時における気流の逆転現象(逆流)を防止するという課題」が全く記載されていない。またこの課題を解決するための構成も記載されていない。また甲第5号証は、本件特許発明明細書において、中性帯を消滅させるのに必要な余剰空気量の算出のために利用した文献であり、扉部の開放時において生じる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気量の算出に寄与するものであっても、本件特許発明の二室間における気流の制御方法に関して、扉部の開放時において生じる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するという課題ないし技術手段を開示するものではない。さらに甲第5号証には、「扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するための抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成する」点について記載がなく、またそれを示唆する記載もない。

旨答弁している。

Ⅳ. 当審の判断

(Ⅳ-1 引用例)

そこで、先ず理由2について検討する。

甲第4号証には、「バイオクリーンルームにおいては室内の清浄度を保持するためにも室内を隣室よりも0、25~3mmAq正圧に維持することが必要である。………………………またドアの開防時(開放時の誤記)にも汚染空気の侵入を防ぐ必要があり、このためには相当量の余剰空気が必要となる。一般にはバイオクリーンルームの室内加圧のために要する余剰空気は500m3/hといわれる。しかしドアの閉止時にもこのような余剰空気を採用するとドアの開閉に支障をきたすことが考えられるので、壁面に第2図に示すようなパロメトリックダンパ(加圧ダンパ)を設け室内圧が上昇し過ぎた場合に自然に開く………。またダンパのかわりにフィルタを取り付けそのフィルタの静圧分だけ室内を正圧に保つ方法も採用されている。」と記載されている(第46頁右欄下から13行~第47頁左欄4行)。 すなわち、甲第4号証には、「ドアを介して連通する二室間の一方を正圧とし他方を負圧として両室間の気圧を所定の差圧条件下に保持してその気流を一方向に制御するに際して、ドアの開放時にも汚染空気の侵入を防止するために相当量の余剰空気をあらかじめ正圧側に付与するとともに、該余剰空気の付与条件下において前記ドアの閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するため、壁面に加圧ダンパを設け、また加圧ダンパのかわりにフィルタを取り付けフィルタの静圧分だけ室内を正圧に保つ二室間の気流の制御方法」の発明が記載されている。

また甲第5号証には、第114頁の図-1及び図-2の記載、ならびにそれに関する説明等を参酌すると、「開口部を有する垂直間仕切壁を介して隣接する室1、2に圧力差がある場合、開口部に中性帯を境として上下逆方向に室1、2に空気が流れ込み、またこの中性帯は、いずれか一方の室に余剰空気を供給し正圧にした場合、余剰空気を供給し正圧とした室から他の室へより多く空気が流れ込み中性帯を開口端部側に移動させ得ること、さらには、ドアの開口を通過する好ましくない空気移動、つまり逆流を防ぐために必要な給気量を決定し得る」という発明が記載されている。

(Ⅳ-2 対比)

本件特許発明(前者)と甲第4号証記載の発明(後者)とを対比すると、後者における「ドァ」、「正圧J、「負圧」は、その機能に照らして、前者の「扉部」、「陽圧」、「陰圧」に相当する。また後者における「加圧ダンパ」または「フィルタ」は、両室を所定の差圧に維持するものであり、またドア開放時には差圧保持用余剰空気は抵抗ある「加圧ダンパ」または「フィルタ」から流出せずドア開口部から一方向へのみ流出するから、前者における「抵抗ある連通開口」に相当する。

したがって、両者は、「扉部を介して連通する二室間の一方を陽圧とし他方を陰圧として両室間の気圧を所定の差圧条件下に保持してその気流を一方向に制御するに際して、扉部の開放時にも汚染空気の侵入を防止するために相当量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するとともに、該余剰空気の付与条件下において前記扉部の閉鎖時における両室を所定の差圧に維持するたの抵抗ある連通開口を壁面に形成した二室間の気流の制御方法」である点で一致し、

(1)前者では、扉部の開放時において生ずる中性帯を当該扉部開口端部に移動させるに十分な余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するのに対し、後者では、扉部の開放時において汚染空気の侵入を防止するため相当量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与するが中性帯の移動については不明である点、

(2)前者では、抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成したのに対し、後者では、抵抗ある連通開口を壁面に形成してはいるが、該壁面が両室の境界面か否か不明である点、

で相違している。

(Ⅳ-3) 判断

以下、上記相違点について検討する。

(1)について

前者が対象としいる病院の重要域あるいは実験動物室等のクリーンルームにおいて、室内の清浄度を維持するために室内を隣室よりも陽圧に維持すること、また陽圧室側に相当量の余剰空気を付与しドアの解放時においても汚染空気の侵入を防ぐことが後者に記載されていると共に、前者におけるようなクリーンルームと隣室の二室間における気流の制御方法において、ドアの解放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に、逆流を防止し、室内の清浄度を維持するに十分な余剰空気を付与することは、従来クリーンルームの気流の制御において普通に行われている周知技術である。

さらに、甲第5号証には、開口部を有する垂直間仕切壁を介して隣接する室1、2に圧力差がある場合、開口部に中性帯を境として上下逆方向に室1、2に空気が流れ込み、またこの中性帯は、いずれか一方の室に余剰空気を供給し正圧(陽圧)にした場合、余剰空気を供給し正圧(陽圧)とした室から他の室へより多く空気が流れ込み中性帯を開口端部側に移動し得るという発明が記載されている。

そうすると、前者においては、後者が備えまた従来周知技術であるところの、ドアの解放時においても汚染空気の侵入を防ぐため陽圧側に相当量の余剰空気を付与し汚染空気の逆流を防止する二室間の気流の制御方法において、その余剰空気の量を、甲第5号証で示された中性帯で定義し、逆流が生じない十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する、すなわち「該中性帯が扉部開口端部に移動させるに十分な量の余剰空気をあらかじめ陽圧側に付与する」と定義したものにすぎず、当業者が格別困難性を要する事項ではない。

(2)について

後者では、抵抗ある連通開口を両室の境界面に形成する点の明示はないが、後者もクリーンルームにおける二室間の気流の制御方法であって、陽圧側の室から陰圧側の室へ気流を流すものであり、後者においても、抵抗ある連通開口は、当然に両室の境界面に形成されているものと認められ、この点で両者に格別差異はない。

そして、前者が奏する作用・効果は、後者及び甲第5号証記載の発明から当業者が容易に予測できたものであって格別なものではない。

Ⅴ. むすび

以上のとおりであるから、理由1を検討するまでもなく、本件特許発明は、審判請求人が引用した甲第4号証及び甲第5号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年9月29日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例